ぼくの試験は本でもノートでもネットでも何を参照してもいいし、周囲に迷惑をかけなければ誰と相談しながら回答してもいい(ぼくに相談してもいいのだが、なぜかめったに相談には来ない)。そもそも、教室内で書く必要もなく、図書館や喫茶店に行っても、家に帰ってやってもいい。
したがって、不正行為を取り締まるという意味での監督は必要ない。ぼくが時間内前に座っているのは、もっぱら急病人が出た時や、質問や相談があった時のためだけである。そういうやり方なので、カンニングは原理的に不可能である。また、課題は既存のデータとしての知識を参照してもけっして解けない問題である(こういう問題を考えるのは結構たいへんなのである)。
こんな成績評価をする先生は、学生たちの世間ではきっと「楽勝」と分類されているであろう。だが不思議なことに、30代半ばからこれまで約20年間、いろんな大学でこの種の試験をしてきたが、そのために一度として「甘くみられた」と感じたことはない。学生に舐められないように授業や試験に厳しいルールを課している人もいるが、ルールを厳しくすればするほど、そのルールさえクリアすればいいのだから本当はそっちの方が「楽勝」かもしれない。
— tanukinohirune: 2012年1 月Short URL for this post: http://tmblr.co/ZNmaPyEiEEo4